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ある老人の死

2012⁄11⁄03(土) 07:00
私の知り合いだった、Bさんが先日亡くなりました、理由は人伝てに聞いた話では、心臓に水が溜まり?亡くなったそうです。



この彼は、フィリピンの世界ではそこそこお金を持っていて、「金持ちのケチなロロ」と夜の世界では有名でした。私とはもう7年くらい前に知り合って、一時は仲良くお茶も飲んだりしていましたが、彼の話を聞くと、私には付いていけなく、私の方から疎遠になりました、どうして彼とは話が合わないのか?理由は私から見て、人を利用しているだけで彼の周囲の人たちにもそう言う傾向が有り、表面上は付き合っている人が多いんですが、皆さん腹の底では余り良く思ってないみたいで、良く彼の愚痴をこぼしていました。



要するに「強つく爺い?」こういう評価でした。お金に渋く稼いだお金は全て奥さんに渡し、お金は全てこの奥さんが管理し、その爺さんに輪をかけて、ケチで人の扱いも粗末で、利用しているだけです。ある日の事、この爺さんから頼まれたことが有りました、新しくクラブをするので、内装の業者を紹介してほしいと言うので、私の知り合いでフィリピン人の業者を紹介しました。依頼したその予算と条件は厳しく、話を聞いたら「それはないだろう?」と言う条件です。どういう条件かと言うと?全ての資材は彼が買う、業者には要するに人工だしの手間賃だけを払うと言う内容です。業者のフィリピン人Aが私に相談に来ました。




Oさん、Bさんの仕事の依頼は正直請け合えないです、でもOさんの紹介ですので、何とかしますがとても厳しい条件で、私の足代も稼げない条件です。

どうしたんだ?

資材は全てBさんが買い込み、私には人工だしの依頼です、そして現場の管理です、正直ガソリン代もでません、自宅はマリキーナですから、現場が遠くてガソリン代も馬鹿になりません。どうしたら良いでしょうか?

条件が合わなかったら断ればいいじゃないか、無理してする事もない。私から断ろうか?

いいえ、大丈夫です、心配かけて済みません、約束した事ですから工事はします、ただこういう条件ですので仕事のお礼はできませんが良いですか?

仕事の礼?あぁ、良いよそんなものは気にしなくて良い、要らないから仕事だけ完全に終わらせてくれ。

分かりました、仕事はちゃんとやります。心配かけて済みません



そういう事から、スタートした工事でしたが、案の定問題が起こりました。工事の資材が予定通りに仕入れができていなく、工事が予定より遅れ私に電話が入ります、「Oさん、あなたの紹介してくれた業者は、仕事通りにしてくれない、一度きちっと話をしてくれないか?」こういう電話でしたので、Aに連絡を取り現場で会う事にしました。




計画通りに工事が進んでないと言ってるけど、どうしてだ?

そうなんです、資材が揃ってないんです、安い資材を探し廻っていてそれで遅れているみたいです、工事が進まなく仕方がないから、後でする仕事も何とかしていかないと、期日に間に合わなく、正直困っている状態です。それに申し訳ないけど、賃金の支払いも遅く遅れていて、私の立て替え払いも嵩んできました、私も正直余り裕福では有りませんので、親せきからお金を借りて立替えていますが、大変なんです。Bさんと話をすると、お金の事は奥さんと話をしてくれ、奥さんと話をするとBさんと話をしてくれと言い、困っています。

分かった、私から話をしてみる。



その後、Bさんと奥さんを呼び事情を聴いてみると、色んな理由を述べ支払いを拒んでいることが分かった、私はBさんに「余り、汚い真似はするなよ、Aは無い金を工面して仕事をしている、約束通り支払いはしてくれ」そう言うと、「分かった」と言う返事でしたが支払ったのは半金だけ、それ以上の払いはしていなかった。そんなある日 奥さんから電話が入った、


「助けて!大勢の人夫から、取り囲まれて脅されているから助けて」


そう言う電話が入り、急いで現場に駆けつけてみた、そうすると、20人前後の人夫連中から奥さんとスタッフ3人が取り囲まれ震えていた。私はその中に割り込んでいき彼らを制した。




おい、止めとけ、何をしている、お前たち全員そこに座れ、落ち着いて話をしろ、何が有ったんだ?
人夫達
お金を払ってくれない、仕事の金を払ってくれない、俺たちには家族がいるお金を払ってくれないと、生活にも困る、今まで我慢してきたがもう限界だ、金を払え、俺たちは全員ここを引き上げる、こんな仕事はできない、仕事だと思い、家族とも離れてここで寝泊まりしながら仕事をしてきた、食事も満足に支給しない、こんな現場は初めてだ、今でも昼食を支給しない、飯も食わせてくれないなんて、こんなひどい話は初めてだ、俺たちが怒るのは当たり前だろう、

飯もない?本当か?(そう奥さんのスタッフに聞く)本当に食事も出していないのか?
スタッフ
はい、

それじゃ怒る、良し分かった、飯は今から俺が出す、飯を食ったら俺が間に入って話をする良いか?面倒は止めろ、揉めるなら揉めてもいいがその時には俺が相手になる、良いか?
人夫
分かったボス、とにかく飯を食わせてくれ、腹が減って持たない仕事も出来ない。



そういう事から、昼食を買い皆に与えると全員食事にガッツイテいた、余程お腹が空いていたんだろう。私は奥さんに、どうしてこういう扱いをするのか?そう聞いてみると、「仕事もしない連中に食事を出す必要はない」こう言う返事をした、私は思わずこの奥さんに怒りました。



自分でまいた種だ、自分で始末しろ!
奥さん
怖いからできない、助けてOさん、彼らを見ると分かるでしょう、皆がスクァーターから来てる連中ばかりで、目を見ると分かるけど何をされるか分からない、怖いから助けて。

奥さん、前から言いたかったけど、いい加減にしろよ、人を粗末に扱うなよ。この問題は全て自分で招いたことだ。
奥さん
分かりました、とにかく助けてお願いします。



そういう事に成り、私がその間に入る事に成った、その間にAに電話を入れ、大至急現場に来るように呼び、来てもらう事にした、Aの話では、彼は賃金の支払いをするために資金つくりで動いているとの事だったが、すぐ来るように話をし、Aに来てもらう事にした。一時間くらい過ぎてAはやってきた、その間、私と人夫の話し合いは続いた。中には棍棒を手に持ち振り回す奴、ナイフを出してチラつかせる奴、奥さんとAに向かってそう言う行為をし始めた、奥さんは怖く震えていた、それを見た私は彼らに対しこう言った。




そういう脅しは止めとけ、何の意味もない事だ、私と揉めても損をするだけだ、話をするなら、大人しく話をしろ、大人しく話をするなら話は聞くが、そう言う行為をするなら、話は無しだ、俺はお前たちと幾らでも揉める賃金も払わない良いか?脅しても無駄だ、大人しく話につけ、分かったか?



そう言うと、リーダー格数人がゴソゴソと話し合い、


リーダー格
分かったボス、大人しく話をするから、話を纏めてくれ。

分かった、それで良い、ナイフをしまえ、そしてその棍棒も捨てろ。
リーダー格
分かった、

お前たちの給料は、今日払うしかしお金が全額揃うかどうか分からない、Aが。お金を持っている、その金で我慢してくれ。
リーダー格
金はいくらあるんだ?全額払ってくれそうじゃないと困るし納得しない。

A金は幾らあるんだ?

私がP50000奥さんがP30000、全部でP80000です、

給料の総額は幾らだ?

P100000少々です。

そうか?不足だな?皆、聞いての通りだ、全額集めても不足している。どうだ、この条件で話に乗るか?つまり、給料は8割くらいしか払えない、それで良ければ今支払う、それが嫌ならこれ以上はできない、好きにしろ、その代り嫌でも払わない、如何する?OKするか?


現場は殺伐とした雰囲気で男たちの目が怒りをむき出しにしていた。


私と彼らの睨み合う状態が続いた。



                                 続編パート2へと続く


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愚者と賢者

2012⁄02⁄26(日) 08:00
 私の知る女性で、とても優しい女性がいます。美人でとても優しい女性です。彼女は現在私の知り合いと結婚してますが、結婚する以前の彼女の話がとても素敵なので書きたいと思いました。

 現在彼女は23歳、結婚をし、幸せにしています。彼女の生い立ちは、所謂貧しい家庭です。父親は実直な大工と、農業を営んでいて、沢山の子もちで、彼女は長女で3番目です。母親からは子供の時から、大きな期待を掛けられて育ちました。大きな期待と言うのは彼女は美人で将来成長したら、家族を背負い養っていけると考えていたからです。

 小さい頃の彼女の夢は、大きくなったら日本人と結婚をし、本当に愛し、お金持ちでも無くて良いから、幸せな家庭を持つ事が夢だったそうです。その子供の頃の夢が実現したんでしょうね。現在彼女はとても幸せらしいです。

 さて、そんな彼女ですが、彼女は14歳で家を出ました。家族の一方的な要求に耐えられなくなり、アテも無いまま家を出ました。所持金も余りありませんでしたが、取りあえず家を出ました。若かったのか?理由は分かりません。家を出た彼女は、友人がいるスービックへとバスを乗り継ぎ、友人に会いますが、その友人は勿論同年代ですので、何の力も無く彼女を助けられません。食事も出来ず、彼女は3日位お腹を空かせてスービックを彷徨いました。しかし、そこであるレストランの募集を見つけ、働けるようにお願いをし、店主のオバサンは彼女を不憫に思い受け入れます。やっと、食事と眠る場所が出来た彼女は一生懸命に働きます。親に内緒で家出をし、たどり着いたスービックで彼女の新しい人生がスタートしました。彼女はその当時から美人で客の人気も凄く有り、彼女目当ての客が増え店も繁盛し、店主には可愛がられたそうです。それから半年たつ頃、少しづつ残したお金ができ、マニラへと移ったらしいです。世話になったオバサンは泣きながら別れを惜しんだと言います。

 マニラに着いた彼女は、親せきの家を訪ね世話に成りましたが、やはりその家でも歓迎されなく、行き先に困ってるところを近所のお姉さんから仕事を紹介されました。

 仕事は日本レストランでのウエイトレスです。年齢を偽り面接を受け、見事仕事に就き、そこで必死に働き始めました。美人で可愛い彼女はそこでもお客さんに人気が有り、可愛がられます。沢山の日本人のお客さんに出会い、初めて日本人を知ります。時にはチップで一万円札を貰ったそうです。当時の彼女は一万円札を見るのも初めてで、訳が分からなかったそうです。そんな彼女に周りのウエイトレスは焼きもちを焼き、妬まれたそうです。お客さんの中にはKTVのオーナー等がいて、働かないかと随分誘われ、当時の彼女にはKTVも分からず、決断が付かず仕事をするしかないと一生懸命頑張り、自分の住む所も借りて自活を始めました。自分の両親には連絡を取りませんでした。親戚のオバサンが彼女には内緒で両親に連絡を取り、両親はそれを知りホッとしたらしいです。しかしそれも彼女が家を出て半年以上が経ってからでした。

 意志の強い彼女は必死に頑張ります。そんな彼女が住むパシッグ川の近くでは、家は川の上にみすぼらしい家を建て、川の水は真っ黒で匂いが凄まじく酷い環境です。食べ物も無い薄汚れた子供たちが沢山いたそうです。食べ物も無く、ガリガリに痩せた子供たちを不憫に思う彼女は、少ない給料から、毎週この子供たちにパンを買い与えました。お腹を空かせた子供たちにお腹いっぱいパンを食べてもらおうと、彼女にとっては大金のP500と言うお金を使い、その通り沿いの子供たちにパンを与えます。現在彼女の話を聞くと、本当に汚れた子供たちが彼女にしがみ付き、必死に抱きついてきたらしいです。お礼を言うらしいです。「サラマッポ」 そんな子供たちを見ると、涙が出たと言います。自分の弟や妹たちを思い出し、彼女は泣いたらしいです。自分が出来る事を彼女は必死にしてきました。自分が食べるのも大変でしたが、彼女はズット続けました。そのお陰で、彼女の住む地区では犯罪者が多く住んでいたんですが、彼女には誰も指一本触らないし、なにか問題が有れば近所の住人が彼女を守ってくれたらしいです。有る意味そこで彼女は女神になったんでしょう。その時彼女は16歳から17歳へと成長していく過程でした。

 17歳になった頃、友人に誘われ初めてKTVで働きます。友人の話では、良いお金が稼げるからという話しで、実家の弟や妹たちに仕送りをしたいと思い、夜の世界へと転身しました。

 初めての夜の世界、彼女は右も左も分からず最初は戸惑ったらしいです。しかし持ち前の美貌から、彼女を求める客は多く、仕事を初めて2か月もしないうちにトップクラスに入ったと言います。後日談ですが、彼女を知る元プロモーターの社長は彼女の事を 「当時、もし私が彼女を知っていれば、クラスAのもう一つその上のスペシアルで迎えるよ」そう評価しました。

 KTVでの仕事は彼女にとって、良い仕事だったようです。収入も良く実家に仕送りも出来、弟や妹の援助も出来、親は勿論喜んでました。そんな折彼女の友達が一人の日本人を紹介し、この日本人と付き合うように頼まれ、交際が始まり、暫くすると二人は一緒に生活を初め、子供が出来ました。その時まで彼女は処女だったらしいです。しかし、紹介された日本人の言葉で二人の生活が始まったのですが、彼女は当時17歳、家で彼氏を待つ生活ですが、日本人の彼は毎日外で遊び歩き、外に彼女が数人いて、二人の生活の事を気に掛けず、彼女は泣いたそうです。

 「別れよう」彼女がそう決心した時には、既に妊娠していて6か月だったらしいです。家を出た彼女は実家に戻り、子供を産みました。女の子でした。彼女の実家は山の中腹にあり、水も無く、電気も近所から引き込み生活していました。

 子供が6カ月を過ぎた頃、彼女はもう一度マニラに働きに出ます。友人に誘われ、ケソンのクラブで働きます。そこの日給も良く、たくさん稼ぎました、少しづつ生活も落ち着き、実家にも多めに仕送りが出来、一人で頑張りました。毎週教会へ行き彼女は祈ったらしいです。

 「神様!私に素敵な人を与えて下さい。貧乏でも良い。本当に家族を愛し、幸せな生活を与えてくれる人を、私に授けて下さい。お願いします。神様。」

 それが彼女の夢だったんです。三度の食事が出来れば良い。家族全員が幸せに暮らせる。そういう家庭を持ちたい。それが夢だったと言います。

 彼女の働く所には、有名人やTV局のプロデューサー等が、お客で出入りをしていて、そういうお客からは、TVに出ないかと誘われたり、「車も家も買うから愛人に成ってくれ。」 とか誘われたらしいんですが、彼女は一切受け付けず、断り続けたらしいです。車のセールスモデルに誘われ、フィリピンでは破格の待遇と給料も保証されたらしいんですが、それも断ったと聞いています。そんな彼女でしたが、子供に会うために、2か月ほどの休暇を取り、実家へと戻りました。その時に地元の友人から一人の男性を紹介されます。日本人の男性でした。

 何もない地方ですので、彼女は有名でした。沢山の男たちが彼女に声を掛けてきますが、彼女は一切関係なく、見向きもしません。しかし、紹介された日本人男性には何となく興味を持ったらしいです。彼女に言わせると、何となくフィーリングを感じたと言うんです。時間が有る時にはその日本人と食事をしたりして、デート?を楽しんだらしいです。田舎ですから噂が直ぐ飛びます。しかし、彼女は気にもしないで、デートをしてました。その男性に彼女の家に行ってみたいと言われ、正直彼女は実家に連れて行くのを悩みましたが、決心をし、その男性を山の中腹の家へ連れて行きました。近所では人が集まり、その日本人を遠巻きに見ています。その彼女の家で2時間くらいいて、両親にも会い話をしたらしいです。

 その後暫くして、その日本人は彼女に正式に交際を求めます。結婚を前提とした交際です。男性は50歳半ばで、当時彼女はもうすぐ20歳に成ろうかとしてる頃です。

 彼女は実家の貧しさが恥ずかしく、断ったらしいです。

 その男性が言うには、「私にも過去は有る、幸せにできる保証も無い。君の過去も有るだろうが、過去は過去だ。」私には関係ない。人間生きて行くうちには色んな過去が有り、それを責めるつもりは無い。私も同じだ。大事な事は今から先の事で、これからの二人の事だ。私が言う意味を分かって欲しい。君の子供の事も引き受ける。私が出来る事はやるし、努力もする。結婚してくれ。」

 そうプロポーズをされたらしいです。しかし彼女は即答をせず、暫く付き合う事で男性にも納得して貰い、交際が始まりました。休暇が終わり、彼女は仕事に戻り、日本人男性もマニラに戻り、お互いに時間を取り、マニラでのデートが始まりました。日本人の男性にも別れた奥さんとの間に男の子がいて、彼女もそれを知り、恋人同士となり時間が過ぎます。彼女は成長した子供を田舎から引き取り、彼女が育てます。

 そう言う流れの中で、或る日、彼女は子供を連れ、彼女の家族全員で亡くなったお兄さんの墓参りに行きました。お墓はラグーナにあり、ラグーナのオバサンの家に滞在をしていました。滞在中に台風による大雨で洪水となり、帰りたくても帰れない状態に成りました。バスも車もストップして帰る交通手段が無く、食料も買えない状態だったらしいです。

 途方に暮れた彼女は、日本人の男性に事情を説明します。男性は事情を聞くと「待ってろ」そう言って電話を切ったらしいです。その翌日お昼前に男性から電話が入り、近くまで来ている。荷物を纏めておけという電話が入りました。洪水の中、男性が来るとは夢にも思わない彼女は驚きます。国道から100mほど入ったオバサンの家から、腰まである洪水の中を彼女の家族は歩きます。国道に止めてある男性の車まで歩きます。国道には車のタイヤの一部までが水につかってます。嵐の中を車はマニラへと走り出しました。

 彼女の話では、その帰りの車の中でこの男性との結婚を決心したらしいです。「嵐の中の恋」彼女は笑いながらそう話しをしました。

 それからの二人は、現在結婚をし、お互い連れ子同士ですが、お互い実の親子として、いや、それ以上の関係で結婚生活をしています。明るく冗談が飛び、しわせな生活をしているらしいです。

 貧しさに負けないで、一人で頑張り、優しく、人の痛みが分かるこの女性、そして彼女の生い立ちを知り、彼女を受け止めたこの日本人の男性、ズット幸せな結婚生活を送って貰いたいと願います。

彼女は言いました。
「神様にお祈りしていた事が実現した。神様に感謝します。そして神様がくれたこの幸せを大事にし、幸せに生きて行きます。」

                   JAC代表












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愚者と賢者

2011⁄11⁄23(水) 08:00
 愚者と賢者というに相応しい題材があり紹介したいと思います。彼女と会ったことは無く、たまにテレビで見るだけです。彼女の仕事は、女優とコメディです、しかし以前はダンサーでした。日本にも14才にしてジャパユキとして仕事をしに行き、現在はテレビでも人気ものの一人です。彼女の名前は、Pokwangです。有名なタレントです、多分皆さんもテレビを通じて知ってるのかもしれません。日本語も勿論話せます、テレビでは非常にユニークで、センスのある持ち味を出しています。

 彼女は、別々の男性との間に男の子と女の子を一人ずつもうけました。男の子の名前はヒデヨ君。父親は日本人でした。しかしこの男の子は病気で亡くなりました。そのとき父親である日本人から凄く責められ、それが元で別れました。当時はその日本人とマカティのコンドで暮らしていたそうです。

 そして、二番目が娘さんでやはり、日本人との間の子供です。しかし、この日本人とも別れました。この日本人は男の子が欲しかったのですが、女の子であったことを残念がり、口争いが多く、別れたということです。現在彼女はこの娘さんと一緒に生活しているそうです。

 彼女が生まれ育ったのは、アンティポロのとある川の側にあるスコーターエリアでした。小さい頃から何か才能が有ったんでしょう、14才にしてジャパユキとして日本で働き、人気も有ったらしいです。

 フィリピンに帰ってからは、コメディアンのコンテストに沢山応募をしましたが、優勝はできず。ケソン市のコメディバーで働いているときにABS-CBNの人に誘われて、テレビ局の主催するコメディアンコンテストに参加し、見事に優勝しました。優勝金2ミリオンを得て、5年の契約を見事に獲得しました。ここからが、彼女のサクセスストーリーになると思います。

 WOWOWWEEやNoon Time Show等の人気番組に出はじめ、人気も上昇しました。そこで得たお金を貯めてアンティポロに20ミリオンをかけて、自宅を建てました。その新築の自宅2階には、亡くなった男の子の部屋が有り、遺品が飾ってあるということです。

 そのなくなった子供が彼女に好く言ったことが、
「僕が死んでも、お母さんの側にいつでもいるよ、困ったときには
何時でも助けに来るからネ、困ったときには何時でも僕を
呼んでね。」
生前はそう話をしていたらしいです。

 今でも彼女はその言葉を思い出し、亡くなった子供と話をするらしいです。そうすると沢山の仕事のオファが彼女に来ると言っています。

 彼女は海外のコメディアンショーにも参加して、優勝し数ミリオンの賞金も手にしたということです。

 バンタイバタという財団に個人の金を寄付し、スコーターエリアに住む子供たちを援助・サポートをし、協力をしています。それを知ったTFC(フィリピーノチャンネル)というテレビ局からも援助金を貰い、その貰った援助金を貧しい子供たちを助けるために寄付をしています。


 子供の頃に生まれ育った彼女の貧乏な環境、それを忘れないで成功してからもそういう子供達を支えている彼女です。

 彼女も、数多くのジャパユキさんの中の一人です。スコーターエリアで生まれ育ち、14才でジャパユキとなり、過去の辛いことも乗り越えて、人を楽しませ、コメディーの世界で有名になり名を残す。大変なことだと思いますが、彼女はそれを実現しました。

 愚者か賢者か?頑張って欲しいものです。

                   JAC代表




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愚者と賢者

2011⁄10⁄01(土) 08:00
昨年、私がクラブ経営をしていた頃にそこで働いてた女性がいます
名前がキムといいます、

キムは背が高く身長173cmあり、美人とはいかないまでも
何かしらの魅力がある子でした
要するに男好きのする感じの子でした、
何とも言えない魅力があり、根強いお客さんがいました
私の店に来る前はトップの売れっ子だったそうです
私の店ではほんの数カ月しかいませんでしたが少し変わった子でした、

どちらかと云うと俗に言うアネゴ肌です
年齢は19歳で人の面倒見が良く、
自分が稼いだ金も人の為に使います、
キムの稼ぎは多く、チップも沢山あり生活には困ってないので
金銭的には大雑把です、

彼女の生い立ちは・・・・・

キムは12歳の時に、義父からレイプされました
数回レイプされたキムは母親に訴えます
「お父さんからレイプされている、助けて欲しい」
しかし母親はこのキムの訴えに耳を貸しません、

「お前が父親を誘うような行為をしているんだろう?
色気ばかり出して、馬鹿じゃないのか?」

こういう状態でした、キムのお婆さんにも訴えました、
お婆さんだけがキムの話を信じ、母親に怒りますが
母親は何を思ってかその事に耳を貸しません、
そんな家庭環境に嫌気をさしたキム、
13歳に成って家出をしました、
行き先はマニラです
タッタ一人の叔母さんを頼ってマニラに向かいました、

マニラに着いたキムは叔母さんの家に暫く世話になりましたが、
そこでもやはりキムは邪魔もので、長くはいずらく
キムは叔母さんの家を出る決意をしますが近所のお姉さんが
ローカルのKTVに勤めてるのを知り、そのお姉さんに相談します

キム
アテ、私 仕事したい、住む所も無いから、部屋を借りたい

お姉さん
私の勤めてる、KTVで仕事する?

キム
私、何でもする仕事が欲しい、一人で生きて行きたい、
どこか仕事が出来る所を教えてアテ、

お姉さん
私が、オーナーに聞いてみる、明日には返事するから、
心配しないで問題は未成年だけど何とか相談してみるから

キム
お願いアテ、助けて、

その翌日お姉さんはキムに返事をした、OKである、
オーナーは未成年でも好いから連れて来いとお姉さんに返事をした、

その夜お姉さんに連れられて、
キムはお姉さんの勤めるローカルKTVに行き仕事場の様子を見た、
キムは興奮した、私にもできるそう思った、
システムの説明を聞き、その夜からキムは働き始める、
日給自体は、交通費位の日給であるが、LDのバックが収入である
LDがないと給料は、交通費で飛んで行く


しかし、キム13歳である、お客にはあっという間に人気が出てきた、
毎日20本以上のLDビールを飲む、
1LDからP50のバックである、
慣れないキムは飲んだ、飲んではトイレに行きモドす、
戻しては又飲む、その繰り返しである、
多い時には30本以上のビールを飲む、
キムは稼いだ、
稼いだ金は友人に使った、
仕事が終わると友人と一緒にホストクラブに行く、
支払いは全てキムである、
キムには沢山の友人が出来る、キムの持つ金である、
キムは一人では淋しく、毎晩その繰り返しである
稼いだ金は友人(バルカダ)へと使う、

そんなキムの毎日であるが、お客さんには好かれて可愛がられた
チップも多くチップを貰っても何の頓着も無く、
そのお金は友人に預かって貰うが、
友人はお金を持ったまま いなくなったり
お金が無くなったりと、キムの手元には残らない、

そんなキムを心配し、友人がアドバイスをするがキムは

「好いのよ、お金はまた稼げる、お金を持って逃げた友人は
きっとそのお金が必要だったのよ、上げたと思えば好いのよ」
そんな調子であった、キムには沢山の友人が何時も集まる、
勿論キムの金が目的だ、家族の問題や個人の問題、
キムは出来る事は全部助けた、
そう云う風な毎日で数年が過ぎ20歳に成った頃、
私の経営する店へ友人の紹介で移ってきた、

私の見たキムは美人とは言えないが、非常に愛きょうのある
愛くるしい感じがした、
人の話では彼女は各店で図抜けたトップであるという、
正直私には第一印象としてそう感じなかった、
私は、数週間見れば分かると思い、彼女の働きを見ていた、

確かに、一月も過ぎる頃には指名の数も伸びトップクラスに入ってきた
私は黙って彼女を見ていたが、彼女が売れる理由は何だろう?

分かった事は、色気である、
彼女の持つ柔らかい仕草や物腰で有る
そして、甘え上手彼女を求める客は多かった、
しかし、私生活は相変わらずである、稼いだ金は友人にばら撒く

或る日見かねたキムを呼び話しをした、


キム、お金をもっと大事にしろよ、稼いだ金を少しは残せ
お前の将来の為にも貯金は必要だろう?

キム
ボス、好いの、私にはスポンサーが2人いて、
毎月お金を送ってくれるから、そのお金で十分だから、
仕事で稼いだ金は、友人やその家族を助けてやりたいの、
私には、家族が無いのと同じだから友人の家族が私を
本当の娘みたいに可愛がってくれ、
ママと甘えられて家族みたいに感じる事が私には嬉しいし幸せだから


フ〜ン、そう云う事か、お前淋しいんだな・・・・

キム
大丈夫ボス、心配しないで、有難うねボス、でも私も今考えてるの

キムの姿を数カ月見た、私は彼女にもう一度アドバイスをした、

私、
キムその後はどうだ?

キム
OKよ、ボス、だけどボスに云われた事少しづつ変えてるの
そうしたら、友人が少しづつ離れて行き、へってきたわ


それで好いんだキム、金を目的に来る奴は友人じゃない
ただのバルカダだ、分かるか?

キム
分かるよボス、私も今はそれが分かってきた、


そうか?それなら好い、お前の金、俺が管理しても良いぞ
もし必要な時には理由が分かれば渡すし、
理由が下らない時には渡さない、それが条件だ、

キム
本当?ボスそうしよう、私ボスにお金を預ける、
だけど私が必要な時には頂戴ね、


お前が必要なら渡す、しかし下らない時には、渡さない
それが条件だ、

キム
OKボス、今日から 
そうするね、

そうして始まった貯金が十数万ペソに貯まってきた、
キムも知ってる、そうした頃キムが相談有ると聞いてきた、
それはある男性から結婚を申し込まれているそうだ、

シンガポールに住む中国人系の男である年は50歳くらいで
シンガポールには家族が有り、
ビジネスマンで1〜2月に一度フィリピンを訪れる、
そんな彼がキムに惚れた、
仕事を辞めて、彼がフィリピンに来た時には世話をするという話しである、
キムはその彼に惚れてる訳ではないのだが、
凄く優しい所に引かれてる事は事実である、
そういう事情で私に相談してきた、

キム
ボス、ボスが前から言ってたけど、
人生を変えるチャンスがある時には、そのチャンスを掴め、
そして大事にしろと言ってたでしょう?


アァー、そうだよ、それがどうしたんだ?

キム
私 今悩んでるの、チャンスかどうか分からないけど、
凄く優しい人が私の面倒をみると言ってるの、
若くは無いけど、大事にしてくれるし生活の面倒も見てくれるし
如何したらいいのか悩んでるの、ボス如何したら良い?


そうか、悩む事は好い事だ、それだけ真剣だという証拠だ、
その人がお前に何を持ってるか?
お前がその人に何を持ってて何が出来るのか?
それができれば構わないだろう?

キム
ボス難しい事を云うのね、如何すれば良いの?


お前、その人に世話に成れ、そしてその人を大事にしろ、
世話を焼き面倒を見ろ、出来るか?

キム
それはできる、大丈夫ボス


それが出来ればお前は大丈夫だ、そうした方が良い
お前の人生には、愛が無かった、
愛を知らないお前にそう云う人がお前を愛してくれて、
幸せになれるのならその方が良い、

キム
フ〜ン、私考えてみるね、

そう話をして一月位した頃、キムは止めて行った、
勿論シンガポールの男性の元に、

その数ヶ月後にキムから連絡が入った、

キム
ボス、ボスが云うように彼を大事にしてる、
もう遊ばないし真面目よ、バルカダもいない彼を待ってるだけ、
ボスだけど毎日退屈ね、ハハハ


オォ、そうか?それは好かった、彼を大事にして、幸せになれよ

キム
オブコース、ボス有難うね、私チャンとるすね、

そんな感じの子でありました、電話では彼女は幸せだとか、
しかし、時間を持て余してる、
そんな、彼女が働いていた時に残した貯金と彼の応援で
彼女とお婆さんが一緒に住む家を今建築中だとか、
キムの両親には彼女は何の援助もしたくないが、
彼女を理解し、愛してくれた事に対するお礼で
キムは今、お婆さんを引き取りお婆さんと一緒に住み
一生面倒をみる決意らしいです、

そんなキムから先日私に電話が入り、
私もつい嬉しくなり皆さんに読んでで貰おうと、書いてみました。

愚者と賢者将来、キムはどちらになるのか?
私は楽しみにしています、
幸せになって貰いたいキムです


                      JAC代表





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愚者と賢者

2011⁄09⁄16(金) 08:00

私の友人の話に成りますが、
友人の名前はS、その奥さんの名前はJです
Sさん50歳Jは20歳でした
今から10数年前に知り合い結婚しましたが
このJと云う奥さんは大変な人でした
異常ともいえる焼きもちやきでした、

Sさんを訪ねて日本から友人がフィリピンに来る、
Sさんは責任感が強い人で、その友人の滞在中は友人の世話をします
友人が飲みに行きたい時には朝の何時までも付きあい
ホテルまで友人を送り届けてからの帰宅です、

そんな面倒見のいいSさんには
彼を頼りにこの国へ来る人が多く
ほぼ毎日誰かが訪れてるような状態でした、

そういう、Sさんの毎日に不満を持つJは、
Sさんと何時も喧嘩です、
Sさんの仕事がら ナイトクラブには毎晩いくし
顔見知りの女性も沢山います
そう云う女性の化粧のにおいや香水がSさんの服に付き
帰宅すると奥さんのJはSさんを問い詰めます、


イカウ パロパロ、

Sさん
ワラ、パロパロ、トラバホだ、理解しろ、友達が私を頼って来てる
私には責任がある、理解しろ、
何時もこうやって喧嘩ばかりしてると、何時かは壊れるぞ、
離婚するように成る、それでも好いのか?


別れるなら別れたら良い、パロパロのアサワ要らない、

Sさん
お前は本当に馬鹿だな、子供はどうするんだ?


心配ないアコ ダイジョウブ

Sさん
お前には子供の世話はできないよ、
遊び歩いて帰ってくるのが夜中の3時4時じゃ、
どうやって子供の世話をするんだ、
お前がパロパロだろう、少しは良い母親に成れ


関係ない、アコOKセパレート

Sさん
OK、家から出て行け!二度と戻るな、


イカウ アウト、アコじゃない、アコのハウス

Sさん
馬鹿を言うな、この家の金も家具も全て俺の金だ、
お前には何の権利も無い、
お前に有るのはお前が持って来たゴミだけだ
出て行け!

そんな状況から奥さんのJは子供連れ家を出て行きました
Jの実家は貧乏な家庭です、
チャイナタウンのクラブで働いている時、
Sさんと出会い交際が始まり、
Jに子供がいるのを承知でSさんは引き取り
我が子以上に世話をし大事に育てました
結婚をし5〜6年位過ぎ、Jに変化が起こりました、

Jの生活を妬み、焼きもちを焼くバルカダがJを云い含め
ハポンはパロパロだ、お金だけ取って遊ぼうと言う言葉に負けて
バルカダと一緒に遊び始めました、
勿論遊ぶ金はJの金です、
Jの生活はフィリピンでは裕福です、
高級新車を買って貰い遊ぶお金にも不自由がなく
Jの友人やハイスクールの同級生から見ると夢の世界です
そんなJに皆が焼きもちを持っています、
しかし、馬鹿なJにはそれが理解できません、
Sさんが作ってくれた生活を
自分の力で作ったと勘違いしてしまったんでしょう
そう云う生活を作ってくれたSさんに対し、
感謝の気持ちもなければ、有難うと云う言葉も無い
当たり前であり当然であると、思っているのです

Jは、私は美人、セクシーだから男なんて沢山いる
沢山の男が待っていると大きな勘違いをしてるんでしょう、

実は、別れる小一年ほど前からSさんは
自分のベッドでJと一緒に寝ていません
SさんはJの態度に嫌気がさし
Jの匂いさえも嫌になってました
沢山の香水を付け周りにプンプンと振りまく匂いでさえ
嫌悪感を持っていました

Sさんは子供の為にとズット我慢をしてきましたが
流石に辛抱も限界にきて別れる事にしました
Sさんは、一生この女と生活は出来ない、
俺にも幸せになる権利が有る、
浮気も何もしてないがJの勝手な想像で俺に女がいて
パロパロしてるとかそう思いこんでいる
本当に馬鹿な女だ

翌日、Jは子供を引き連れ、出て行った、
Sさんは当分の生活費を渡し、もう帰ってくるな、連絡もするな、
お前は自分で生活して幸せに成れと話したが
Jは聞く耳なぞありません
サッサとSさんから出て行きました、

Jが出て行った後、数日も立たない内に
Jからシツコイ位のテックスです
許して下さい、帰りたいILOVE YOU
休む暇が無いほどのテックスと電話です
Sさんは一切無視をしました、
Sさんは大きい家に一人で住み、自炊生活でしたが
彼なりに楽しんでいました「自由」です
そんなある日Jが家族を引き連れSさんの家に押しかけてきました

Sさん
別れたはずだ、如何して戻ってきたんだ、
話し合いは無いお前は俺に喧嘩を売って出て行った
そんな女を許すほど俺は、馬鹿じゃない 
帰ってくれ、話しは何も無い、

母親
どうか許して欲しい、馬鹿な娘で幾ら教えても分からない
孫を見てると不憫で仕方が無い
どうかもう一度チャンスを下さい

Sさん
それは出来ない、もう何度もこの馬鹿女にはチャンスをやった
説明も何度もした、
こうしては駄目だ、こうしなさいと
何と云ったか知ってるか?
私は奴隷じゃないこう云ったんだ
最低な奴だ、母親が子供の世話をするのは当たり前だし
女房が旦那の世話をするのが当たり前だ、
それを、奴隷じゃないなんて口応えして生意気ばかり言って
最低の女だ
こんな女を女房にしていたら俺の人生は終わりだ


ゴメンナサイ、アコちゃんとする、許して、良い奥さんに成る

Sさん
今は返事できない、考えるから少し時間をくれ、

そうやってJの家族を帰したが、その数日後
Jは又荷物を運んできた、
子供を引き連れてSさんはこの行動にお手上げだ

Sさん
J,約束しろ、二度と焼きもちを焼くな、
俺の仕事を理解しろ
喧嘩をするな 
良い母親に成れ
子供達の面倒をちゃんと見ろ、
分かったか?


イエス I DO

そう約束をし、再び元の生活に戻ったが結局Jは変わりきれなく
同じ問題の繰り返しだった、
それから一年位生活が続いたが
今度は本当にSさんはJを追いだした
しかし子供はSさんが引き取り面倒をみる事にした

Sさんと別れたJは自由奔放な生活
ポギーとのパロパロディスコ通い、借金を作り家族にも見放され、
P100の金にも事を欠く生活に成った、
Sさんと一緒に居る時は何の不自由も無く良い生活をしていたJ
人が羨み、妬み、焼きもちを焼いた生活から
Sさんと別れて、お金が無くなり、自然とバルカダも消えて行き
何も残らなかった、
Sさんとの生活を大事にしていれば
一生何の問題も無く生活できただろうと思いますが、
詰まらないプライドや見栄からSさんの言葉を理解できず
喧嘩ばかりして、Sさんに安らぎを与えられなかったJ
そう云う事も理解できず自分の我儘と意見ばかりを通し
理解と協力出来なかったJ,全てを無くしました、

折角手に入れた幸せを分からず、子供過ぎた頭でした
その後のJは、毎晩遊び歩き酔っぱらい
ダラシナイ生活をしてました、
或る日子供達の顔を見たいと思い早朝5時ごろ
子供の通う学校へと三人乗りのバイクで
学校へ向かってる途中にバイクはジープニーに追突し
三人乗りの真ん中に座っていたJだけが吹き飛ばされて宙に浮き
ジープニーのバンパー部分に有る鉄柱で腹を抜かれ
病院へと運ばれましたが、2時間後に亡くなりました
その時も酔っぱらっていたそうです、

Sさんとの生活、人もうらやむ生活、そうした事を理解できず
我儘放題な子供でした、Jの冥福を祈ります


                      合掌






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