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愚者と賢者

2012⁄02⁄26(日) 08:00
 私の知る女性で、とても優しい女性がいます。美人でとても優しい女性です。彼女は現在私の知り合いと結婚してますが、結婚する以前の彼女の話がとても素敵なので書きたいと思いました。

 現在彼女は23歳、結婚をし、幸せにしています。彼女の生い立ちは、所謂貧しい家庭です。父親は実直な大工と、農業を営んでいて、沢山の子もちで、彼女は長女で3番目です。母親からは子供の時から、大きな期待を掛けられて育ちました。大きな期待と言うのは彼女は美人で将来成長したら、家族を背負い養っていけると考えていたからです。

 小さい頃の彼女の夢は、大きくなったら日本人と結婚をし、本当に愛し、お金持ちでも無くて良いから、幸せな家庭を持つ事が夢だったそうです。その子供の頃の夢が実現したんでしょうね。現在彼女はとても幸せらしいです。

 さて、そんな彼女ですが、彼女は14歳で家を出ました。家族の一方的な要求に耐えられなくなり、アテも無いまま家を出ました。所持金も余りありませんでしたが、取りあえず家を出ました。若かったのか?理由は分かりません。家を出た彼女は、友人がいるスービックへとバスを乗り継ぎ、友人に会いますが、その友人は勿論同年代ですので、何の力も無く彼女を助けられません。食事も出来ず、彼女は3日位お腹を空かせてスービックを彷徨いました。しかし、そこであるレストランの募集を見つけ、働けるようにお願いをし、店主のオバサンは彼女を不憫に思い受け入れます。やっと、食事と眠る場所が出来た彼女は一生懸命に働きます。親に内緒で家出をし、たどり着いたスービックで彼女の新しい人生がスタートしました。彼女はその当時から美人で客の人気も凄く有り、彼女目当ての客が増え店も繁盛し、店主には可愛がられたそうです。それから半年たつ頃、少しづつ残したお金ができ、マニラへと移ったらしいです。世話になったオバサンは泣きながら別れを惜しんだと言います。

 マニラに着いた彼女は、親せきの家を訪ね世話に成りましたが、やはりその家でも歓迎されなく、行き先に困ってるところを近所のお姉さんから仕事を紹介されました。

 仕事は日本レストランでのウエイトレスです。年齢を偽り面接を受け、見事仕事に就き、そこで必死に働き始めました。美人で可愛い彼女はそこでもお客さんに人気が有り、可愛がられます。沢山の日本人のお客さんに出会い、初めて日本人を知ります。時にはチップで一万円札を貰ったそうです。当時の彼女は一万円札を見るのも初めてで、訳が分からなかったそうです。そんな彼女に周りのウエイトレスは焼きもちを焼き、妬まれたそうです。お客さんの中にはKTVのオーナー等がいて、働かないかと随分誘われ、当時の彼女にはKTVも分からず、決断が付かず仕事をするしかないと一生懸命頑張り、自分の住む所も借りて自活を始めました。自分の両親には連絡を取りませんでした。親戚のオバサンが彼女には内緒で両親に連絡を取り、両親はそれを知りホッとしたらしいです。しかしそれも彼女が家を出て半年以上が経ってからでした。

 意志の強い彼女は必死に頑張ります。そんな彼女が住むパシッグ川の近くでは、家は川の上にみすぼらしい家を建て、川の水は真っ黒で匂いが凄まじく酷い環境です。食べ物も無い薄汚れた子供たちが沢山いたそうです。食べ物も無く、ガリガリに痩せた子供たちを不憫に思う彼女は、少ない給料から、毎週この子供たちにパンを買い与えました。お腹を空かせた子供たちにお腹いっぱいパンを食べてもらおうと、彼女にとっては大金のP500と言うお金を使い、その通り沿いの子供たちにパンを与えます。現在彼女の話を聞くと、本当に汚れた子供たちが彼女にしがみ付き、必死に抱きついてきたらしいです。お礼を言うらしいです。「サラマッポ」 そんな子供たちを見ると、涙が出たと言います。自分の弟や妹たちを思い出し、彼女は泣いたらしいです。自分が出来る事を彼女は必死にしてきました。自分が食べるのも大変でしたが、彼女はズット続けました。そのお陰で、彼女の住む地区では犯罪者が多く住んでいたんですが、彼女には誰も指一本触らないし、なにか問題が有れば近所の住人が彼女を守ってくれたらしいです。有る意味そこで彼女は女神になったんでしょう。その時彼女は16歳から17歳へと成長していく過程でした。

 17歳になった頃、友人に誘われ初めてKTVで働きます。友人の話では、良いお金が稼げるからという話しで、実家の弟や妹たちに仕送りをしたいと思い、夜の世界へと転身しました。

 初めての夜の世界、彼女は右も左も分からず最初は戸惑ったらしいです。しかし持ち前の美貌から、彼女を求める客は多く、仕事を初めて2か月もしないうちにトップクラスに入ったと言います。後日談ですが、彼女を知る元プロモーターの社長は彼女の事を 「当時、もし私が彼女を知っていれば、クラスAのもう一つその上のスペシアルで迎えるよ」そう評価しました。

 KTVでの仕事は彼女にとって、良い仕事だったようです。収入も良く実家に仕送りも出来、弟や妹の援助も出来、親は勿論喜んでました。そんな折彼女の友達が一人の日本人を紹介し、この日本人と付き合うように頼まれ、交際が始まり、暫くすると二人は一緒に生活を初め、子供が出来ました。その時まで彼女は処女だったらしいです。しかし、紹介された日本人の言葉で二人の生活が始まったのですが、彼女は当時17歳、家で彼氏を待つ生活ですが、日本人の彼は毎日外で遊び歩き、外に彼女が数人いて、二人の生活の事を気に掛けず、彼女は泣いたそうです。

 「別れよう」彼女がそう決心した時には、既に妊娠していて6か月だったらしいです。家を出た彼女は実家に戻り、子供を産みました。女の子でした。彼女の実家は山の中腹にあり、水も無く、電気も近所から引き込み生活していました。

 子供が6カ月を過ぎた頃、彼女はもう一度マニラに働きに出ます。友人に誘われ、ケソンのクラブで働きます。そこの日給も良く、たくさん稼ぎました、少しづつ生活も落ち着き、実家にも多めに仕送りが出来、一人で頑張りました。毎週教会へ行き彼女は祈ったらしいです。

 「神様!私に素敵な人を与えて下さい。貧乏でも良い。本当に家族を愛し、幸せな生活を与えてくれる人を、私に授けて下さい。お願いします。神様。」

 それが彼女の夢だったんです。三度の食事が出来れば良い。家族全員が幸せに暮らせる。そういう家庭を持ちたい。それが夢だったと言います。

 彼女の働く所には、有名人やTV局のプロデューサー等が、お客で出入りをしていて、そういうお客からは、TVに出ないかと誘われたり、「車も家も買うから愛人に成ってくれ。」 とか誘われたらしいんですが、彼女は一切受け付けず、断り続けたらしいです。車のセールスモデルに誘われ、フィリピンでは破格の待遇と給料も保証されたらしいんですが、それも断ったと聞いています。そんな彼女でしたが、子供に会うために、2か月ほどの休暇を取り、実家へと戻りました。その時に地元の友人から一人の男性を紹介されます。日本人の男性でした。

 何もない地方ですので、彼女は有名でした。沢山の男たちが彼女に声を掛けてきますが、彼女は一切関係なく、見向きもしません。しかし、紹介された日本人男性には何となく興味を持ったらしいです。彼女に言わせると、何となくフィーリングを感じたと言うんです。時間が有る時にはその日本人と食事をしたりして、デート?を楽しんだらしいです。田舎ですから噂が直ぐ飛びます。しかし、彼女は気にもしないで、デートをしてました。その男性に彼女の家に行ってみたいと言われ、正直彼女は実家に連れて行くのを悩みましたが、決心をし、その男性を山の中腹の家へ連れて行きました。近所では人が集まり、その日本人を遠巻きに見ています。その彼女の家で2時間くらいいて、両親にも会い話をしたらしいです。

 その後暫くして、その日本人は彼女に正式に交際を求めます。結婚を前提とした交際です。男性は50歳半ばで、当時彼女はもうすぐ20歳に成ろうかとしてる頃です。

 彼女は実家の貧しさが恥ずかしく、断ったらしいです。

 その男性が言うには、「私にも過去は有る、幸せにできる保証も無い。君の過去も有るだろうが、過去は過去だ。」私には関係ない。人間生きて行くうちには色んな過去が有り、それを責めるつもりは無い。私も同じだ。大事な事は今から先の事で、これからの二人の事だ。私が言う意味を分かって欲しい。君の子供の事も引き受ける。私が出来る事はやるし、努力もする。結婚してくれ。」

 そうプロポーズをされたらしいです。しかし彼女は即答をせず、暫く付き合う事で男性にも納得して貰い、交際が始まりました。休暇が終わり、彼女は仕事に戻り、日本人男性もマニラに戻り、お互いに時間を取り、マニラでのデートが始まりました。日本人の男性にも別れた奥さんとの間に男の子がいて、彼女もそれを知り、恋人同士となり時間が過ぎます。彼女は成長した子供を田舎から引き取り、彼女が育てます。

 そう言う流れの中で、或る日、彼女は子供を連れ、彼女の家族全員で亡くなったお兄さんの墓参りに行きました。お墓はラグーナにあり、ラグーナのオバサンの家に滞在をしていました。滞在中に台風による大雨で洪水となり、帰りたくても帰れない状態に成りました。バスも車もストップして帰る交通手段が無く、食料も買えない状態だったらしいです。

 途方に暮れた彼女は、日本人の男性に事情を説明します。男性は事情を聞くと「待ってろ」そう言って電話を切ったらしいです。その翌日お昼前に男性から電話が入り、近くまで来ている。荷物を纏めておけという電話が入りました。洪水の中、男性が来るとは夢にも思わない彼女は驚きます。国道から100mほど入ったオバサンの家から、腰まである洪水の中を彼女の家族は歩きます。国道に止めてある男性の車まで歩きます。国道には車のタイヤの一部までが水につかってます。嵐の中を車はマニラへと走り出しました。

 彼女の話では、その帰りの車の中でこの男性との結婚を決心したらしいです。「嵐の中の恋」彼女は笑いながらそう話しをしました。

 それからの二人は、現在結婚をし、お互い連れ子同士ですが、お互い実の親子として、いや、それ以上の関係で結婚生活をしています。明るく冗談が飛び、しわせな生活をしているらしいです。

 貧しさに負けないで、一人で頑張り、優しく、人の痛みが分かるこの女性、そして彼女の生い立ちを知り、彼女を受け止めたこの日本人の男性、ズット幸せな結婚生活を送って貰いたいと願います。

彼女は言いました。
「神様にお祈りしていた事が実現した。神様に感謝します。そして神様がくれたこの幸せを大事にし、幸せに生きて行きます。」

                   JAC代表












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Comment

歳の差結婚

私は歳の差結婚は果して幸せだろうか?
考えてしまいます。
例えば・・・
女性が20歳、男性が55歳
女性が40歳に成ると男性が75歳
子供は20歳大学の真っ只中・・・
お金も洪水の様に出て行きます。
性生活も男は終演になり、女性は花盛り・・・
男は貯金をし彼女のparu-paroを許す大きな気持ちが必要だろうか。
フィリピーナと付き合い貯金を貯めるには並大抵の資金力が必要だろう。
現に日本人と結婚し男か65歳頃に成ると女性は・・・
本当に大変な生活、そして離婚している夫婦も沢山います。
最後に日本人と結婚してるフィリピーナ殆どかロラに成ったらフィリピンに帰る!
その為に今フィリピンにバハイ建てる。
歳取ったオジサンが一人生活・・・
淋しい人生・・・
全部のご夫婦がそうとは申しませんが・・・
現実を直視過ぎますかね。
申し訳ありません。
2012⁄02⁄26(日) 09:11 | | [edit]

言いようもない難しい問題ですね。20歳差でも悩むのは女房の子供達が自立独立するまで担保できるかです。経済的担保は兎も角Step daddyとして彼らが生きる支え、相談相手にならなくてはなりません。女房にも同様です。少なくといち動物の親としてせめて餌の取り方くらいは教えてやりたいと思います。フィリピン的家族愛・絆とは別だと思います。
特に私の生き方価値観を理解し覚えた家族はフィリピン社会に戻る事が出来るのかと悩む時もあります。
こんな事を考えるのは古過ぎるのでしょうか?

他のブログで見た娘、孫のような娘と手をつなぎ歩く老高齢邦人、私も見ますが、彼らのように割り切る事出来ません。

こんな考えから記事の女性、高齢者の生き方が賢者なのか、自分がフィリピン社会に疎いのか考えさせられる記事でした。
2012⁄02⁄26(日) 15:40 | | [edit]

ABC様

年の差結婚と言うのは結婚する時から分かってる問題は沢山有ります
コメントに書かれてるような事も勿論です、

その事を良く話し合い、そして理解しあい対処できるようにしていかないといけないと
思います、ただ結婚をすれば良いという問題ではないと思います、
起こりえる問題を見据える事が大事だと思います


                                          JAC代表
2012⁄02⁄27(月) 04:32 |

でぶ熊様

この記事のカップルの場合、本当にお互いに話し合い、そして結婚しました、
男性は自分に何が起こってもと、常に準備をしています
彼女は、男性の事を理解して自分の選んだ道と理解し、

男性が居なくなったら、一人で子育てをし孫を面倒見るのが楽しみになると言ってましたね

                                          JAC代表
2012⁄02⁄27(月) 04:37 |

タ様

彼女の家庭は毎日笑い声が聞こえてくる家庭です、子供たちも幸せに
分け隔てなく育っていますね、良い家庭ですよ


                                            JAC代表
2012⁄02⁄27(月) 04:40 |



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